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イエスが明かす、人間と宇宙の驚くべき真相

あなたは人間?ハハハ



ACIM Study Groupラージュ(=イエス・キリスト): ....聖書には、天地創造についての記述は三つもあります。一つは新約聖書にあり、もう二つは旧約聖書にある。

この三つの中で一番簡潔なのは、新約聖書にあるやつです。

この記述は簡潔なので、その意味の全貌が万人の理解を飛び越えてしまう。見てみよう。

太初(はじめ)(ことば)あり、(ことば)は神と供にあり、(ことば)は神なりき」《ヨハネ伝1:1》と。

創世記の第一章には、この表現が肉付けされている。見てみよう。

「神(ひかり)あれと言給(いひたま)ひ《言葉を発し》・・・」《創世記1:4》

続いて、植物あれ、家畜あれ。鯨あれ。何でもかんでもあれ。そこで神は、実を結んで増えるようにと命じられた。そして第七日目には、神は休まれたとある。

ところで6日間がかかったということは、天地創造をストーリーにするためだけだった。時間というものがかかったわけではないのですね。

天地創造がばっちり完成したのだ。そこでこのように続く。

「神(その)造りたる(すべて)(もの)()(たま)ひけるに(はなは)()かりき・・・」《創世記1:31》と。



この「甚だ善かりき」とはめちゃめちゃいいという意味ですね。しかも、わたしが以前にも指摘したように、それを「実際にご自分自身だった」と解釈すればなおさらいい。《「甚だ善かりき」は誤訳だったそうです―K・ヤマダ》

では、「太初(はじめ)(ことば)ありき」

そこで「神(諸(すべて)の物あれと(いひ)(たま)へり」

(ことば)は神と供にあり」

「神(その)造りたる(すべて)の物を()(たま)ひける」

(ことば)は神なりき」「(すべて)の物は(まこと)(おのれ)なりき」ということになっています。

天地創造は出来上がってきたのだ。余す所なく完成したわけです。

この天地創造とは何だろう。それは神の心の運動のことです。この運動には、神は自分自身のことをご覧になり、それが自分自身だとお分かりになっておられます。何から何までは神のことです。

神のことばかりなわけですね。

では、あのアダムとエバ《=イブ》は一体どこにいるんだろう。

そうですね、創世記には、この一つ目の天地創造のほかにも、これと異なる二つ目の天地創造を巡る記述がありますね。創世記の第二章には、次のセンテンスがある。

創世記2:6

(きり)()より(のぼ)りて土地(つち)(おもて)(あまね)(うるほ)したり《創世記2:6》」と。

あのね、あなたは映画を見ているとするよ。途中で、もわーっとしてきたように、映像がフェードアウトし、新しい背景がフェードインしたとする。そうすれば、自分は別のシーンに移ったとわかるじゃないですか。

天地創造が出来上がったところの「霧地より上りて土地の面を遍く潤したり」は、映画のフェードアウト・フェードインと同じようなものです。

霧が立ち上がる前の文は重視すべき。見てみよう。

土地(つち)(たがへ)(ひと)なかり《創世記2:5》」ということだ。

あのな、これはあたかも前置きのように聞こえますね。ところが前置きじゃない。かえってそこまで書かれた内容の結びの言葉なのです。

創世記2:5

一つ目の天地創造には、地面を耕す人が含まれていない。

言い換えれば、自分の生きた証をこの世に残そうとする人は含まれていない。しかも支配力を振るって天地を変える人は含まれていない。しかもそれぞれの物に定義を付ける人は含まれていないということなんです。

なぜ?

神はすでに完全に定義を付けられたからです。そのうえ実を結んで増えるように、つまり栄えるように、と命じられたのです。

さて、霧がもーもーと立ち込めてきたら、二つ目の天地創造の幕が開いた。この二つ目の天地創造では、神は地面の塵でアダムという人を造り、その鼻孔に命を吹き入れられたとある。



だがそのままでは、アダムは寂しくて手助けを必要としていた。そこでその助け手を造られるために、アダムに深い眠りを臨ませられたということだ。

あのね、これはどういうことなのか、気づきましたか。

これは、「あなたたち同士で決定した数々の定義」の世界の幕開けなんです。手助けなしで、独りだけでは、「人々同士で決定した定義」というものが登場するわけがないですね。

そこで寝込んでいるアダムの胸部から、神はあばら骨一本を取り出され、そのあばら骨を女に作り上げられたという。それから聖書に記述された出来事はみな歴史です。

文字通り歴史なんです。

歴史とは何ぞや。

永遠という実相世界から見れば、歴史とは、錯覚にすぎない時間の記録だ。したがってその後は、聖書全体を通しての記述はみな錯覚の記録なんです。

男または女に化けてしまい、あなたたちは土地を耕し、辛酸をなめ、風雪に耐えなければならないはめになった。歴史の一から十までは、男または女という人間の状態でなめる艱難辛苦を巡るものなのだ。

霧が立ち込めたときからは、何から何までは、「(かがみ)をもて見るごとく見るところ(おぼろ)なり」《コリント(びと)への前の(ふみ)13:12》という状態になった。



言い換えれば、あなたたちの経験がゆがめられているわけです。このゆがみをもたらした原因の一つは、あなたたち同士で決定した数々の定義だ。そしてもう一つは、実相の世界に対するあなたたちの故意的な無知だ。

実相の世界では、土地を耕す男も、台所などで汗水流す女も、要求されていないのです。

だから女をばかにしたくなるときにも、男をばかにしたくなるときにも、気をつけるんだぞ。そんなものなんてねぇんだからさ。

あの「堕落」というやつ、すなわち錯覚の幕開きは、アダムがエバの誘惑に乗ったときだと思いがちだろう。しかしその幕開きはもーもーと立ち込めた霧のシーンだったんです。

この点に重きを置きたい。

これをちゃんと理解しないなら、あなたたちは皆、何らかの系統で、最初の父と母とされているアダムとエバの子孫だというイデオロギーに捕らわれやすい。

いや、自分のことをアダムとエバに結び付けなくても、自分のことを自分の父と母の子孫だと思い込んでいるじゃないですか。しかも自分の父と母のことがそれぞれの父と母の子孫だと疑わないでしょう。またそのそれぞれの父の母のことも、さらにそれぞれの父と母の子孫だ。



先祖のことに関心をもつのは、大体それぐらいまでだ。

しかしあなたは自分の父と母の子孫だということは有り得ないのです。なぜなら、あなたは神のダイレクトな表現だからだ。

あなたは神のすべてのすべてを体現しているものだ。

神のすべてのすべてとは、心がそれ自身を経験し、その経験の中でそれ自身を見、見ている事柄が自分自身のことだと認識するものだ。あなたはそれを体現しているものだぞ。

これは見落としてほしくない、アクセントを置くべきポイントだ。

目覚めというのは、エデンの園の中に戻るということではない。目覚めとは、エデンの園が登場する前の状態に戻るということなんです。

霧が立ち込める前の状態に戻らなければなりません。言い換えれば、神から分離した存在が始まったように錯覚される前の状態に戻らなければならないというわけです。



さて、ACIMのテキストブックを読み始める前に、以前に話したことに触れたい。あなたたちには、私的な考えがないということだ。

女というものは、だましたり誘惑したりするものだと思われがちだ。好ましくない評価なんだけど、これは捕らわれやすい考え方だ。いやそれどころか、誘惑的なタイプの女性像を一方的に求める男も少なくない。

しかしわたしが指摘したいのは、あなたたちの考えは、どれもこれも誘いだということなんです。なぜなら、あなたたちは実際に孤立した存在ではないし、私的な考えを持ってはいないからです。

考えというものは、どれもこれも招きだ。受け容れてくれるものを探しに、考えている人から出て行くメッセンジャーのようなものだ。合意への参加を招いているものだ。

すべての考えだぞ。例外なく。

憎しみに満ちた考えもだ。愛情のこもった考えもだ。創世記にある天地創造の二つ目の記述に由来する考えもだ。一つ目の記述に由来する考えもだ。

考えているのならば、あなたは人をだまそうとしているか、それとも真実を受け入れるように招こうとしているかのどちらかを行っています。あなたの考えは誘惑的か、啓蒙的かのどちらかだ。

ところでわたしがこの話を持ち出したのは、あなたたちをとがめるためではない。

先ほど述べたように、あなたたちはアダムとエバの子孫ではないし、神はアダムとエバの世界を創造されたのではない。これに気づいていないのなら、無意識のうちに、あなたは人を誘っているということになる。この話を持ち出したのは、これを指摘するためだけだった。

ヨハネ伝1:1

どの偉大な宗教書にも、存在というものを解説しようとする試みが載っている。てことは、何らかの天地創造の話が必ずある。

最もはっきりした解説はこう。

太初(はじめ)(ことば)あり、(ことば)は神と供にあり、(ことば)は神なりき《ヨハネ伝1:1》」だ。

てことは、「《太初にありし》言」は、あなたのことではない。あなたのことは「神なりし言」だということだ。

それは、あなたのことはちょうど今、行動・臨在・存在しているところの神様そのものだということですね。

目覚めというのは、これに気づくことだ。....



ワシントン州キングストン郡
2002.10.31のACIM Study Groupの抜粋
チャネラー:P・タトル
英日翻訳者:K・ヤマダ
英語原文
目次
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K・ヤマダ訳
A Course In Miracles
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「わたしはクリスチャンではない」等イエス・キリストの引用
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