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イエスキリスト著作のACIM(奇跡講座/奇跡のコース)解説など

イエス・キリストが説く

今という瞬間の不思議

Raj Gathering
ラージュ(=イエス・キリスト):《答えの途中》

...未来はわなだ。

過去もわなだ。

両方とも妄想だ。

あなたたちのうちでは、過去または未来を経験した人は一人もいない。あなたたちが経験してきたのは、ずっと自分が居る意識的な経験の瞬間だけだ。その瞬間はいつも今にあるのだ。

あなたたちは、一目瞭然なことに対して、何と無頓着なんだろう。実際の経験に対して、何と無頓着なんだろう。

これは来週までに支払うべき家賃のことを気に掛けているからだ。またある納期のことを気に掛けているからだ。また過去が陰を落とすのではないかと恐れているからだ。しかもそれが実際の経験であるかのように信じ込んでいる。

今という瞬間、すなわち自分が実際に居る瞬間しか経験したことがないということはちっとも眼中にない。自分が行動できる唯一の時間は、ずうっと今という瞬間だけだったのにね。

イエス・キリストの引用


経験してきたのは、ずうううっと今という瞬間だったのだ。そのことは、将来を含む未来と過去が役に立たないという圧倒的な証拠をなしていていいはずだ。

なのにエゴがつかつか入り込み、次ぎのことを言い出す。「それもそうだろうけど、イングランドまたはニュージーランドへ旅立つなら、この将来の出来事のために、今日予約を入れて置かなければならないぞ」

一方、今という瞬間にとどまり、今という瞬間を頼りにするなら、どうなるだろう。あなたが2週間後に飛行機に座席を持つために、今日飛行機のチケットを買っておくことが適切であれば、今買っておく必要があるということを自然に知るのだ。それが今という瞬間に調和しているので買っておくのだ。そして2週間後に、自分が空港で飛行機に乗り込むことになる。

「時」を概念化して心に描き、将来の時点に対する義務の錯覚を抱く必要はない。




さて、「2週間後に、あなたが空港で飛行機に乗り込むことになる」とわたしは先ほど言ったが、必ずしも乗り込むとは限らない。というのは、飛行機に乗り込むことは自分の充足にならなくなる可能性もある。飛行機の異常など都合の悪いことが起こり得るからだ。

そんな場合では、あなたはその時点の「今という瞬間」に居れば、飛行機に乗り込むことが不適切だと自然に知る。切符を買っておいたとしても、飛行機に乗り込まないことにするはず。

次ぎのことを言わない。「飛行機に乗り込むことが不適切だと今分かってきた。しかし2週間前にこの切符代を支払ってしまった以上、切符代を無駄にするわけにはいかない。どんなことがあっても必ず乗り込む。2週間前にやったことは今行動すべき義務を起こしたからなのだ」

イエス・キリストの引用

今という瞬間にとどまり始めると、自分自身が適切になり始めるものだ。調和も完ぺきさも整理整頓も安全も心行くまで現れるのだ。だから、自分のやっていることが自分の理屈や推論に合っていても合っていなくても、別の方法で試みたくならないということに気付く。

整理整頓と安全と調和に満ちたこの経験が自分の主な進行中の経験になるにつれて、自分は、まさに自分の真我《=実相自分》という運動と同調で流れていることを感じ始めるものだ。

これは神の御意(みこころ)に屈することだ。

言い換えれば、創造の意識的運動に属しない身元を自分のものだと主張する必要を手放すことだ。

これは神聖な経験だ。でも、神聖を霊的に経験するというよりも、あなたと森羅万物に関わる一切合財を統合的に経験するということだ。

「時」というのは、エゴが採用している手段だ。実相現実の入口となる瞬間と場所からあなたの気をそらすためにね。

実相現実の入口は、ACIMで言う「聖なる瞬間」、すなわちあなたがいつも居る、一切合財の統合されている瞬間だ...




オーストラリア国サウスポート市
1989年集会の抜粋
チャネラー:P・タトル
英日翻訳者:K・ヤマダ
翻訳文改訂:2011.06.08
英語原文
目次
K・ヤマダ訳
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acim.jp
「私はクリスチャンではない」等イエス・キリストの引用
A Course In Miracles
「イエス・キリストは語る」
イエス・キリストが説く「今という瞬間の不思議」