イエス・キリスト   ACIMとは   目次 
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イエス・キリストが明かす

霊的ガイダンスを受ける第一歩

Raj Gathering
質問者:お勧めくださったように、エゴからの示唆を無視しようとしています。ところがエゴからの示唆とまともなフィーリングを区別できません。どのように区別すればいいでしょうか。

またガイド《=守護神》からのガイダンスをどう受ければいいでしょうか。《質問の要約》

ラージュ(=イエス・キリスト):先ほど言ったように、エゴに立ち向かわないでエゴを無効にするためには、方法はただ一つ。それは誰かと組むことだ。

相手は、もう一人の人間のことではなく、目覚めた個人性、すなわち父の意志を現している個人性のことだ。目覚めた個人性と組むのには、心の中で、その個人性に手を差し伸べることだ。

あなたたちのそれぞれのガイドは、誰も彼もが完全に目覚めている個人性だ。ということを、あなたたち一人一人は知らなければならない。彼らは「完全にキリスト化されている」と言える。




彼らの心、すなわち物事に対する知覚は、父のと異なっていない。しかも父のと異なるのを持とうとしていない。「御意(みこころ)の成らんことを願ふ」とは、彼らの献身の挙動を現すスローガンみたいなものだ。

エゴの束縛から身を自由にするのには、どうすればいいか。

先ず朝起きて、「今日は何も自分だけで決めない」《ACIM第30章1節》と快く言う。それからできる限り聖霊またはガイドと組み、一緒に各結論に達するのだ。

こうすれば充足からの隔離を抜け出せる。最初は答えが聞こえなくてもだ。組みたいという意志を伝えれば、必ず組むことになるよ。こうしてエゴとの結び付きがほどける。

「エゴ」とは何だ。

この世から見れば、習い性となった考え方と反応、それに過去の経験に基づく見解だ。エゴは自ら考え、ぱっと断を下し、神の意志をよそにして、一も二もなく店に駆けつけても平気の平左。

これは生命にかかわる深刻な決断ではないにしても、心の奥で尋ねればいいじゃないか。

「ちょっと待って!今出掛けることは、自分にとって適切か。それとももう少し後で出掛けた方がいいか」と。

こう快く尋ねることでは、どうなるだろうか。自分の習慣パターンから脱退し、習い性となった考え方を断念し、自分の最良の判断を超越している新しい事柄を受け入れることになる。




最初は応答を受けていないようでも、根気良く続ければ、いくらか感じられるようになるはずだ。

この活動が途絶えるといけないので、少なくとも1〜2ヶ月だけでも、快く根気良く続けるがいい。「今日だけちょっと試してみようか」というすぐあきらめる心構えはだめだ。快くやる意志がしっかりしていればいるほどよい。

あなたの傍に友がいると気付くことで、習い性となった考え方と染み付いた教訓の締め付けがほどかれるものだ。このようにこの絡み合い、つまりエゴとの絡み合いから解放される。




ある方向へ進むように、または待機するように促されることが感じられるようになる。そうならば、自分が孤独でないという盲信は、体験で立証さられてくるものだ。

目が完全に見える個人性からの助けが得られる上に、何もかも自分独りでやらなくてもいいという安心も得られる。

これはエゴを手放すためにも、エゴの示唆する事柄と心の奥で知る事柄を見分けるためにも、最初の実質的な一歩となる。

これこそ根気よく続けるべき活動だ。




オーストラリア国メルボーン市
1993年集会の抜粋
チャネラー:P・タトル
英日翻訳者:K・ヤマダ
翻訳文改訂:2011.04.16
英語原文
目次

K・ヤマダ訳
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「私はクリスチャンではない」等イエス・キリストの引用
A Course In Miracles
「イエス・キリストは語る」
イエス・キリストが明かす「霊的ガイダンスを受ける第一歩」